価格転嫁・価格交渉が通らない本当の理由は「説明不足」

1. 値上げを「言えない」のではなく「説明できない」

前回の記事でお伝えしたとおり、建設業を取り巻くコスト環境は確実に変化しています。それにもかかわらず、現場や管理部門の方からは、こんな声をよく聞きます。

  • 「値上げの話をしたいが、根拠を聞かれると弱い」
  • 「感覚的には赤字だが、数字で説明できない」
  • 「発注者にどう思われるかが怖い」

実は、価格転嫁が進まない最大の理由は、交渉力や人間関係ではなく、「根拠資料の不足」であるケースがほとんどです。

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前職で与信管理も担当していた関係で、倒産動向を発表している調査会社の営業担当ともよく情報交換をしていたのですが、運送業者倒産の真の原因は価格交渉できないのではなく適正な運賃設定ができなかったからだそうです。要するに「他社が○○○○円ならウチは▲▲▲円でやります!」というダンピングで仕事を取っていた原価の計算ができない会社がどんどん廃業しているとのことでした。

発注者が知りたいのは、「なぜこの金額なのか」「何が変わったのか」という一点です。逆に言えば、それが説明できれば、話し合いの土俵には立てます。

2. 「標準見積書」を使う意味を誤解していないか

価格交渉の場で最もよく使われる資料が「見積書」です。しかし、その使い方を間違えている会社も少なくありません。特に多いのが、

  • これまでと同じ様式で、金額だけを上げる
  • 内訳が大まかすぎて、理由が伝わらない

というケースです(単位欄に「式」とあるものが多い)。国土交通省が推奨している「標準見積書」は、
単に様式をこれに合わせて使用させることが目的ではありません。

  • 労務費
  • 法定福利費
  • 材料費
  • 外注費

これらを分解して示すことに意味があります。見積の中身を分けて説明できるようになると、「全体で○%上げたい」という話ではなく、「この部分は構造的に上がっている」という説明が可能になります。

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最近、航空会社が設定して話題になっている燃油サーチャージ(燃油特別付加運賃)はこの考え方です。航空燃料価格の高騰に伴い、航空会社が基本運賃とは別に上乗せして徴収する「燃料の変動調整金」のことですが、通常2か月ごとに見直され、国際的な燃油市況の価格を基に算出され、運賃の内訳の燃油部分のみが変動するものです。

3. インフレ指数・公的データは「補助線」として使う

「世の中全体でコストが上がっている」と言っても、それだけでは説得力に欠けます。

そこで有効なのが、

  • 建設工事費デフレーター
  • 賃金上昇率
  • 公的な統計データ

といった第三者データです。ここで重要なのは、「このデータ通りに値上げする」という使い方ではありません。あくまで、

  • 自社だけの問題ではない
  • 業界全体の傾向である

ことを示す補助資料として位置づけることです。感情的な主張になりやすい価格の話に、「客観的なものさし」を加えるだけで、発注者の受け取り方は大きく変わります。

4. 法定福利費は「見せないコスト」になっていないか

建設業特有のポイントとして、法定福利費の扱いがあります。社会保険加入が事実上必須となった今、

  • 事業主負担分の保険料
  • 労災保険
  • 雇用保険

これらは確実に会社の負担になっています。ところが実務では、

  • 見積に含めているが説明していない
  • 一式に埋もれている

というケースが多く、結果として「なぜ金額が上がったのか」が伝わりません。法定福利費は、「利益」ではなく「法令遵守コスト」です。ここを明示できるかどうかは、価格転嫁だけでなくコンプライアンスの観点でも重要です。

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どこまで遵守されるかというのは発注者・元請企業のコンプライアンス意識にもよりますが、価格変更の申し入れを受けた側の事業者は価格変更を拒否する場合はその根拠・理由を明示しなければなりません。工事の見積金額に占める材料費・労務費等の割合とそれぞれの構成要素となる資材価格等の上昇率を数字で示すことができれば拒否される可能性、認められない上昇割合は確実に低くなります(=価格アップが認められやすくなる)。

5. CCUS対応コストは、立派な交渉材料になる

設備系建設業者や機械器具設置工事業でも、CCUS(建設キャリアアップシステム)対応が避けられなくなっています。

  • 登録・更新の手間
  • 現場での運用負荷
  • 管理部門の事務コスト

これらはすべて、目に見えにくいものの確実に発生しているコストです。特に元請から、

  • 「登録は当然」
  • 「対応はお願いね」

と言われる一方で、対価として評価されていないケースも少なくありません。CCUS対応は「サービス」ではなく、制度対応コストとして整理し、説明できる形にしておくべき項目です。

6. 根拠資料は「交渉のため」だけのものではない

ここまで読むと、 「結局、交渉のための資料か」 と思われるかもしれません。しかし実際には、根拠資料を整える一番のメリットは、

  • 社内で判断基準が共有できる
  • 無理な案件を断る理由が言語化できる
  • 経営判断がブレにくくなる

という点にあります。価格転嫁は、発注者に勝つための交渉ではありません。自社を守るための説明準備です。

7. 次回予告:実際に「どう切り出すか」

次回の記事では、こうして整えた資料を使って、

  • いつ
  • どのタイミングで
  • どう切り出すのか

という、実践的な価格交渉のステップを解説します。理屈は分かった。でも、実際に口に出すのは怖い。そんな方に向けて、現場目線の話をしていきます。