設備系建設事業者のための「契約の罠」シリーズ⑤

はじめに:怖いのは“トラブル”そのものだけでなく、その後の「請求の連鎖」も

現場でトラブルが起きた瞬間、誰もがまず考えます。「けが人は?」「設備は大丈夫か?」「早く復旧しないと」。

もちろんそれが最優先です。ただ、受注者にとって怖いのは、事故を収めた“その後”もです。

トラブル発生後、一旦の応急処置が落ち着くと、原因や過失割合の調査結果が確定する前に、損害賠償の話がチラホラと始まり、請求額が少しずつ判明し積み上がっていくことがあります。そして特に設備系の工事では、影響範囲が広く電気・通信・配管にトラブルが発生すると単体設備だけでなく工場での生産活動全体が止まることも。「壊したモノ」を直すための費用よりも、「止まったことで生じる損失」の方が高くつく・・・これが現実です。

Warning

注意したいのは、事故対応そのものよりも、その後の文書提出ややり取りを「契約条項の意味を十分に確認しないまま」進めてしまうことです。ここでの対応が、後の負担金額を左右することになります。


架空事例(でも、十分に起こり得る):

事故当日:小さなミスが、工場全体を止める

電気工事のI社(一次下請け、従業員18名)は、稼働中工場の改修で分電盤周りの更新工事を担当していました。元請J社からは「操業に影響を出さないように。コロナ明けで受注残を解消すべく工場はフル稼働、「停止は最小限で」と強く言われていました。

作業中、ケーブルラックの固定作業で、工具が接触。短時間の停電が発生し、ラインが止まりました。幸いけが人はなし。
I社はすぐに謝罪し、復旧対応に入り、当日中に設備は動く状態まで戻しました。

現場はこういう空気です。「とりあえず動いた。よかった。あとは報告書を出して終わりだろう」

しかし、ここからが大変だったのです。


事故翌日:最初のメールは「請求」ではなく「協力依頼」の顔をして届く

翌日、元請J社からI社にメールが来ます。

「施主対応のため、事故報告書・再発防止策・作業手順書を至急提出してください。
また、復旧に要した費用は取りまとめの上、後日精算します。
なお、本件に起因する費用は契約に基づきご負担いただく可能性があります」

この段階では、まだ金額は出ていません。でも、一次下請けが見落としがちなポイントがあります。

  • 「至急で資料を出す」=自社が主因だと認めるような書き方をしがち
  • 「後日精算」=相手側で費用が集計される(こちらがコントロールしにくい)
  • 「契約に基づき」=すでに契約条項の世界で動いている

現場は反射的に頑張ります。「すぐ出します」「対応します」関係を壊したくない一次下請けほど、ここで全力を出します。
しかし、契約上の“言葉”は後から強い意味を持つことがあります。


1週間後:復旧費だけでは終わらない。「周辺費用」が混ざり始める

1週間後、元請から電話。「施主から費用の請求明細が来たので協力してください」提示されたのは、次のような項目です。

  • 復旧作業に関する元請の管理費
  • 施主側の立会い・記録作成費
  • 生産再開に向けた追加点検費
  • 代替生産・臨時手配の費用(“必要経費”として)

I社は反論します。

「復旧のために直接かかった作業費なら分かります。でも、施主の社内コストまで負担するんですか?」

元請の返事はこうです。

「契約書、見てください。損害には必要費用が含まれるって」

ここで、一次下請けが初めて“違和感”を覚えます。壊したモノの修理費だけではない。トラブルの周りに発生した間接的なコストが、じわじわ請求に混ざってくる。


2~3週間後:決定打は「営業補償(操業停止の損失)」

さらに2週間ほどで、施主側の請求が出ます。見出しはこうです。

「操業停止に伴う損害(逸失利益等)について」

I社は絶句します。

「逸失利益? うちの工事費より大きい…」

設備系の怖さはここです。電気・通信・消防設備・配管のトラブルは、止まった瞬間に“影響の金額”が跳ね上がります。そして契約書に、もし次のような文言があると話が一気に重くなります。

  • 「間接損害・逸失利益を含む」
  • 「第三者からの請求があった場合、受注者が補償する」
  • 「発注者は受注者に求償できる」
  • 「一切の費用を補償する」

一次下請けにとっての恐怖は、ここで現実になります。“たったひとつの工事のミス”が、“事業停止リスク”に変換される瞬間です。


さらに追い打ち:「保険で何とかなる」は、最後まで確定しない

I社は保険会社に連絡します。ところが返ってきたのは、すっきりしたYESではありません。

  • 「物損の直接損害は対象になり得る」
  • 「ただし、操業停止の損失(営業損失)は対象外の可能性がある」
  • 「契約で法律より重い責任を(あえて)負っている場合、その責任は保険会社としては免責になり得る」
  • 「手続忘れや管理の不備があると、支払いが限定される可能性がある」

つまり、事故後しばらくはこういう状態になります。

請求はどんどん積み上がる。でも、保険がどこまで出るかは、後にならないと確定しない。

資金繰りに余裕がない事業者にとっては、これはかなり重い状況です。


1か月後:正式な請求書が届く(そして“契約条文”が提示される)

最終的に、元請から正式な請求書が届きます。金額は数百万円。場合によっては1,000万円に近いこともあります。大手メーカーの場合は億円単位になっても全く不思議ではありません。そこに添付されているのは、契約書・約款の該当条項の抜粋。

  • 「安全管理義務」
  • 「損害賠償の範囲」
  • 「第三者請求への補償」
  • 「相殺条項」
  • 「再委託先の行為も一次的には受注者の責任」

ここで受注者が陥りがちなのが、「正しさ」で戦おうとすることです。
「過失割合はまだ確定していない」
「原因は元請の段取りにもある」
「施主の要求が過大だ」
言っていることは正しいかもしれません。しかし、契約書に“どちらにも解釈できる条文”があると、交渉の土俵がこうなります。

「契約に書いてある」
「まずは負担して。あとで精算しよう」
「今後の関係を考えると協力してほしい」

一次下請けほど、関係維持で承諾せざるを得ない。そして一旦承諾してしまうと、次からも同じ流れが続きます。


1回のトラブルでも、請求は一度で終わらない

この話の怖さは、単発の事故ではありません。事故後の対応(報告・資料・復旧協力)が、結果としていつの間にか“責任を引き受ける流れ”になっていくことです。

設備工事は誠実な会社ほど、すぐ動きます。でも契約の世界は、誠実さが「負担をどんどん引き寄せる」原因になることがある。受注者の利益が搾取される現実の一つの要因がここにあります。


【3項目だけ】こんな条項があったら危険(チェックリスト)

手元の基本契約書・注文書(表裏)・約款に、次の表現がないか確認してみてください。
※本当は他にもありますが、まずは“事故のときに致命傷になりやすい3つ”だけに絞ります。

✅赤信号①:損害賠償の範囲が広い(間接損害・逸失利益・営業損失など)

この一文があると、事故が「モノの修理」から「事業の損失」へ変換されます。設備系の工事では影響範囲が広い分、特に危険です。

✅赤信号②:第三者からの請求・元請の負担を下請に求償できる条項

「第三者からの請求があれば補償する」「発注者は受注者に求償できる」これがあると、施主→元請→下請へと、請求が連鎖しやすくなります。

✅赤信号③:保険・免責・責任上限が“契約上”整理されていない

「保険加入義務はあるが補償範囲が不明」「責任の上限(賠償限度額)がない」この状態だと、保険の限界を超えた負担が自己負担になり得ます。


当事務所の特徴:事故は「現場の話」だけでは終わらない(許可・手続・運用も絡む)

私は弁護士ではありません。一方で、建設業許可を専門に扱う行政書士として、設備系(機械器具設置・電気・管・とび土工等)の事業者様が、許可を維持し、書類と運用で事故後のダメージを最小化する体制を支援しています。

また、建設業許可を複数保有する工作機械商社で、営業ではなく法務・与信・リスク管理の側から、「事故後に契約と保険と手続が噛み合わず、負担が膨らむ」場面を見てきました。
だからこそ、事故対応を"誠意の見せ場"、“根性論”だけで片付けず、契約条項と運用設計として整える必要があると考えています。


5万円を渋って、数百万円〜1,000万円のリスクを抱えたままになっていないか

ここで、あえて生々しい比較をします。

  • 契約書の点検・整理を専門家に依頼する報酬額:数万円(例:5万円)
  • 事故後の無償対応・周辺費用:数十万〜数百万円
  • 操業停止・営業損失が絡む損害:場合によっては1,000万円超

トラブルは頻繁には起きません。しかし、起きたときの一撃がとてつもなく重い。そして一撃の大きさは、契約書の文言ひとつで大幅に増幅します。


まとめ:事故の後に「契約条文」が牙をむくか、盾になるか

トラブル対応の場面でも、「その契約条項は本来そのまま受け入れるべきものか」という管理側の視点が問われます。

  • 事故後は、原因確定前に「契約に基づく負担」の話が進みやすい
  • 設備系は影響範囲が広く、周辺損害(操業停止等)が混ざりやすい
  • 保険は万能ではなく、契約条文次第でカバーできない領域が出る
  • 一次下請けほど「良好な関係維持」で受け入れざるを得ず、負担が固定化しやすい

次回(第6回・最終回)は、ここまでの話を踏まえて、「契約書という自社の利益を守る最強の盾」として、受注者側の事業者様が現実的に選べる整備の方向性をまとめます。


契約書を整えることは“揉めるため”ではなく、“揉めないまま守るため”——一受注者が生き残るための盾を作ること。


本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別案件への法的助言ではありません。契約条件の適否や保険適用の可否は個別事情により異なります。実務上の判断は契約書原文・取引実態・保険契約内容等を確認の上で行う必要があります。

投稿者プロフィール

古井 竜文(たつのり)
古井 竜文(たつのり)(株)MTM / MTM行政書士事務所 代表
自動車グループ系総合商社を親会社とする機械商社(建設業許可保有)でのリスク管理・法令遵守体制構築の経験を活かし、行政書士として建設業許可の手続から関連法令対応のご相談、契約書の作成・審査、経審対策まで対応しています。