設備系建設事業者のための「契約の罠」シリーズ④

はじめに:「契約書に書いてあったから」は、社内では通用しない
現場や管理部門では、こんな判断が日常的に行われています。
- 「契約書に書いてあるから仕方ない」
- 「相手は大手だし、法務も見てるはず」
- 「うちが突っ込む話じゃない」
ただ、これらの判断が、後になって“社内から責められる立場”を生むことがあります。ポイントはひとつです。
その契約内容、本当に“守らなければならない義務”でしたか?
建設業の取引では、建設業法/取適法(旧:下請法の後継)/フリーランス保護法など、契約内容よりも優先される強行法規があります。
それにもかかわらず、
- 契約書に書いてある
- 相手が有名企業・大手グループ
- これまで問題にならなかった
という理由だけで承諾し、本来なら負わなくてよかった工数・金銭的負担を自社が引き受けてしまう。それが、この回で扱う「不要なリスク」です。
架空事例(でも、かなり現実に近い):
「なんで、そんな条件を受けて言われるままに対応したの?」と社長に言われた日
設備工事会社K社(一次下請け)。相手は、名前を聞けば誰もが知る大手メーカーのグループ会社でした。契約内容は以下のようなもの。
- 支払は「検収後120日」
- 軽微な仕様変更・手直しは無償対応
- 予算都合による減額に「協力」すること
- 工程遅延があった場合の損害は1日当たり○○○万円
現場と管理部門の担当者レベルではこう判断しました。「大手グループだし、うちが言っても変わらない」「契約書に書いてある以上、従うしかない」数か月後、社内会議で問題になります。
- 資金繰りが厳しくなっている
- 無償対応が常態化している
- 利益率が急落している
社長の一言。
「この契約、あまりにも当社に不利じゃないか?法的にもおかしいってその時点で疑問に思わなかったの?」
管理側は言葉を失います。契約書は確認した。でも、“違法の可能性”までは考えていなかった。
この瞬間、問題は「元請がどうだったか」ではなく、「自社として、見抜くべきだったのでは」という責任に変わります。
1. 建設業では「契約に書いてあっても無効・不適切」な条項がある
まず大前提を整理します。建設業の取引は、すべての取り決めに契約自由の原則が適用される分けではありません。弱い立場の受注者を保護することを目的として次のような法律が、契約内容にブレーキをかけています。
- 建設業法
- 下請代金支払遅延等防止法(取適法)
- フリーランス保護法(適用関係に注意)
これらは「知らなかった」「合意していた」では免れません。つまり、契約書に書いてあっても、その条項を適用されることが“違法”な場合もあるということです。
2. よくある「契約書に書いてあるから」で認めてしまう問題行為
一次下請けの現場・管理部門で、特に多いものを挙げます。
(1)下請代金の支払遅延・検収引き延ばし
- 検収の定義が曖昧だったがゆえに
- 検収時期を発注者が自由に決められる
- 結果、支払サイトが実質的に長期化
👉 契約上は整って見えても、実態として不当になっているケースが多い。
(2)不当な指値・後出し値引き
- 「施主の予算が厳しい」
- 「今回は協力してほしい」
契約変更も合意書もないまま、契約締結後に下請代金が減額される。これを「関係維持」で認めてしまうと、後から 「なぜ安易に受け入れたのか」 と経営層から問われます。
(3)やり直し工事・手直しの無償強制
- 責任の所在が曖昧
- 原因調査前に議事録等の書面を残さず「とりあえず直して」で対応
- そのまま無償対応が既定路線に
👉 本来は協議・切り分けが必要な場面でも、契約書の文言だけで処理されてしまうことがあります。
3. 「相手が大手だから安心」は、現場レベルでは通用しない
実務では、次のようなことが起こることは珍しくありません。
- 法令改正があっても、本社法務部が改定した最新版の契約書が現場で使われていない
→印刷済みの在庫分が無くなったら切り替えるつもりがなかなか減らない、時間が経ってしまい無くなったときに切り替えを忘れる 等 - グループ会社・関連会社レベルだと古いひな形が使われ続けている
→大手でも、関連会社クラスだと事務管理部門は法務専任ではなく兼務が多く、やることが多いため親会社からの指導が行きわたらず放置されがち。 - 現場・購買部門は「ずっとこの書式でやっている」という認識
つまり、名前の知れた会社でも、現場で使われている契約が“違法状態のまま”という可能性は普通にあります。それを、
- 大手だから
- 大手のグループ会社だから
- 何年も取引しているから
という理由でスルーしてしまうと、リスクが自社側で蓄積されていきます。
4. 事務管理部門が避けたい事態:社長・経営層にこう言われる瞬間
このテーマで取り扱っている問題の特徴は、
- 「この契約、違法の可能性あったよね?」
- 「なぜ管理部門として指摘しなかった?」
- 「これ、会社として防げた損失じゃないの?」
この質問を、事故や資金繰り悪化の“後”に突きつけられることです。現場判断で起こってしまった結果であっても、管理・事務側はこう見られます。
「指導やチェックする立場だったのでは?」
これは、全社レベルの業務品質の問題になります。
5. 必要なのは「戦う知識」ではなく「気づく視点」
誤解してほしくないのは、「法律を盾に元請と戦え」という話ではありません。受注者側の事業者にとって現実的なのは、
- この条項、あまりにも一方的な内容だから法令的にはNGかもしれない
- そのまま飲むと、自社の負担がどんどん増えて定常化するかも
- 少なくとも社内・経営層には共有・相談すべき
という「気づきの視点」を持つことです。それができれば、
- 社内判断として是非を検討できる
- 経営判断に委ねることができる
- 後で「なぜ放置した?」と言われにくくなる
これは自社でできる“防御”であって、発注者との対立ではありません。
6. 許可と実務を見てきた経験から
私は弁護士ではありません。一方で、建設業許可を有する機械商社のリスク管理部門の責任者として、そして独立後は予防法務の専門家である行政書士として、設備系事業者の許可維持・書類管理・実務運用を多く見てきました。
「現場で押印してしまった契約が、後から会社を苦しめる」
場面を実際にいくつも経験しています。だからこそ言えるのは、
違法かどうかを断定できなくても、「おかしい契約があるかもしれない」と事務管理部門が気づけるかどうかで、会社の損失は大きく変わる
ということです。
まとめ:気づけなかったことが、いちばん責められる
- 建設業では、契約より優先される法令がある
- 大手・有名企業の契約でも、違法状態が放置されていることはある
- 「契約に書いてあるから」で飲むと、自社の負担が固定化する
- 後になって事務管理部門が問われるのは「なぜ気づかなかったのか」
当事務所では、自社ではなかなか対応できない事業者様向けに契約書に関する整備運用体制の構築支援や社内研修等を行っています。初回のご相談は無料ですのでお気軽にお問合せください。
次回(第5回)は、事故や物損が起きたとき、契約条文によって損害賠償の話が段階的に膨らんでいく現実を扱います。
【ご注意】本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別案件への法的助言ではありません。契約条件の適否や法令上の評価は個別事情により異なります。実務上の判断は契約書原文・取引実態等を確認の上で行う必要があります。
投稿者プロフィール

- (株)MTM / MTM行政書士事務所 代表
- 自動車グループ系総合商社を親会社とする機械商社(建設業許可保有)でのリスク管理・法令遵守体制構築の経験を活かし、行政書士として建設業許可の手続から関連法令対応のご相談、契約書の作成・審査、経審対策まで対応しています。









