設備系建設事業者のための「契約の罠」シリーズ③

はじめに:工事が終わって「数年後」に始まる、本当の恐怖
工事が無事に終わり、検査も通り、引き渡しも済んだ。請負代金も全額入金された。
これで一息つける…
設備系の一次下請け事業者様の多くが、そう思います。しかし、契約の世界では「工事が終わった=責任が終わった」ではありません。ある日、突然こんな連絡が来たらどうでしょうか。
- 「据え付けしてもらった設備の調子が悪いんだけど・・・」
- 「工場のラインが止まったんですけど!施工不良があったんじゃないですか?」
- 「約款の第●条にある契約不適合に基づいて損害賠償請求させてもらいます!」
しかもそれが、引き渡しから3年、5年後。この瞬間、一次下請けの立場は一気に弱くなります。なぜなら、設備工事特有の「責任の境界」が、契約書上、驚くほど曖昧なままになっていることが多いからです。
「法律が守ってくれてる」は現実解か?──契約書が最強の防具である理由
「もし契約書が曖昧でも、取適法(建設業法)やフリーランス保護法があるから、いざとなったら守ってもらえるのでは?」と考える方もいるかもしれません。
確かに、法律には「立場の弱い事業者を発注者や元請会社からの不当な要求から守る」ための強力なルールが存在します。
- 建設業法(下請保護規定): あいまいな指示による追加工事の押し付けや、不当なやり直しを禁止。
- フリーランス保護法: 相手が個人事業主等の場合、受領拒否や報酬減額を厳しく制限。
これらは、いわば「最後のセーフティネット」です。しかし、実際にこの最終手段に頼るには相当な覚悟が必要なのが建設業界のリアルではないでしょうか。
「出るところに出る」のコストとリスク
実際に法律を盾に争う(訴訟や行政への通報を行う)となると、以下の壁が立ちはだかります。
- 時間と費用の浪費: 裁判や紛争解決には年単位の時間と多額の弁護士費用がかかります。
- 「駆け込み寺」への心理的ハードル: 国土交通省、公正取引委員会、中小企業庁などの窓口に相談しても、「元請にバレて次の仕事がなくなるかも……」という不安が拭えません。
- 証拠の不備: そもそも契約(書)が曖昧で何も残っていないような状態だと、「何が不適合で、どこまでが工事範囲か」を証明すること自体が困難になります。
結論:最高の防衛策は「戦わずに済むための契約」
これらの弱者保護と規定した法律を事後に利用するのは、倒れた後に「救急車」を呼ぶのようなものです。しかし、できれば怪我をする前に防ぎたいもの。
だからこそ、契約書に「責任の範囲」や「期間」を明記しておくことが重要です。それは相手を攻撃するためではなく、「ここまではやりますが、ここからは別料金(または免責)ですよ」という境界線をあらかじめ引いておくことで、無用なトラブル(戦い)そのものを回避するためのなのです。
「無防備な取引」で後から法律に頼るより、最初の契約書でしっかりと予防線を張っておく。これが、自社と従業員を守る最も確実でコストの低い方法です。 ※予防線をうまく張れるかどうかはノウハウが必要ではあります。
架空事例(でも十分に現実的):
「それ、全部あなたの施工責任です」と言われた日
機械器具設置業のE社は、生産設備の据付工事を一次下請けとして請け負いました。機械本体はメーカーF社製。E社は指示書どおり据付・調整を行い、試運転も問題なし。
引き渡しから約3年後。元請から一本の電話が入ります。
「設備が停止して、製品不良が大量に出たらしいんです。お客さんが自社で原因調査したらしいんですが、その結果を見る限りだと据付精度に問題がある可能性が高いみたいです・・・」
E社は反論します。
「それってウチの据付業務じゃなくて機械自体の経年劣化の問題じゃないですか?メーカー保証の範囲では?」
しかし元請は、契約書の条文を示しました。
「本工事に関し、引き渡し後に発生した不具合については、受注者は契約不適合責任(※)を負う」
※:契約不適合責任が何を意味するのかは後述
さらに、
「損害には、生産停止による逸失利益、顧客クレーム対応費用を含む」
結果としてE社は、無償の再工事対応+調査対応+間接費に追われ、最終的には数百万円規模の負担を強いられました。E社の社長はこう言います。
「機械の不具合まで、うちの責任になるとは思っていなかった」
—ここに、設備業者が最もやられやすい“契約の罠”があります。
1. 「契約不適合責任」とは何か(設備業者向けにザックリ解説)
民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」という考え方に変わりました。難しい言葉は一旦置くと、重要なポイントはシンプルです。
契約内容に適合していなければ、責任を負う
ここで重要なのは、「欠陥があるかどうか」ではなく、「契約で何を約束していたか」です。設備工事の場合、問題になるのは次の境界です。
- 機械そのものの欠陥(メーカー責任?)
- 据付の不良(施工責任?)
- 使用環境・運用ミス(施主側?)
しかし多くの契約書では、この境界が明確に切り分けられていません。結果として、こう言われます。
「原因はともかく、施工に御社も関係していますよね?」
これが、一次下請けにとって致命的に効きます。
2. 設備工事で「責任が膨らみやすい」3つの理由
なぜ設備業者は、契約不適合責任で深く刺されやすいのか。
(1)機械+施工がワンセットで見られやすい
建築工事と違い、設備は
「設備が動かない=施工が悪い」と短絡されがちです。
元請・施主の感覚では、
- 機械の中身
- 据付
- 調整
- 試運転
これらがひとまとまりで認識されます。契約書でも、切り分けが甘いことが多い。
(2)完成時点では問題が顕在化しにくい
設備トラブルは、
- 負荷が変わった
- 使用条件(加工ワーク自体や材質の変更、工場内の温度や湿度)が変わった
- 経年でズレが出た
など、時間差で発生します。だからこそ、「完了検査を通った=安全」とは言い切れません。
(3)一次下請けは「逃げ場がない」ポジション
メーカーは「施工の問題」、元請は「下請の責任」、施主は「契約相手に請求」
この三方向から、ゆっくりと立場の弱い一次下請けに責任が集まる構造になりがちです。
3. 【要注意】こんな条項があったら危険(チェックリスト3項目)
手元の請負契約書・注文書・約款に、次の表現がないかまずは確認してください。
✅赤信号①:契約不適合責任の範囲が「全部込み」
「本工事に起因する一切の不具合」「原因を問わず」「発注者の責に帰すべき事由によらない」
こうした表現は、責任の上限が見えません。
✅赤信号②:責任期間が長い・曖昧
「引き渡し後○年」「品質保証期間満了後も責任を負う」「通常の耐用期間中」
設備は金額が大きいため、数年後の請求=数百万円単位になりやすい。
✅赤信号③:損害賠償に間接損害・逸失利益が含まれている
営業損失、生産停止、クレーム対応費。これらは、保険でカバーできない可能性があります。条文一つで、リスクが跳ね上がります。
ここまでで「うちの契約書、かなり危ないかも」と感じた方。それは正常な感覚です。問題は「知らずにリスクを抱えている」ことです。
4. 一次下請けの事業者様がやりがちな「危ない思い込み」
契約不適合責任で揉めた現場を見てきて、特によく聞く言葉があります。
- 「メーカー保証があるから大丈夫」
- 「検査を通っているから問題ない」
- 「うちは据付通りにやった」
残念ですが、契約書に反映されていなければ、これらは防御になりません。とくに一次下請けは、「発注者や元請との関係性」「過去トラブルがない実績」に安心しがちです。しかし、
関係が良い会社ほど、契約条件は見直されないまま残る
という現実があります。
5. 契約不適合責任で“静かに利益が削られる”会社の末路
この問題の怖さは、一発で倒産するというより、ジワジワ削られることが多い点です。
- 無償対応の出動
- 技術者の拘束
- 調査書・報告書作成
- 再調整・再据付
これらは、経営層、本社や管理部門に発覚するのを恐れて現場で秘密裏に行われ、請求できないコストとして積み上がっているケースが多いです。ひとつひとつは自社工数や、少額ならば他の案件への付け替え等で処理され結果として、
「現場は忙しいのに、いつの間にか利益が残っていない」
という状態に陥ります。一次下請けで真面目にやっている会社ほど、この構造にハマりやすいのです。
6. 完璧を目指すより「責任の境界を曖昧にしない」
ここで誤解してほしくないのは、「契約不適合責任をゼロにしろ」という話ではありません。
現実的な一次下請けに必要なのは、
- どこまでが自社責任か
- どこから先はメーカー・施主責任か
- どの損害まで負うのか
この境界を“なんとなく”にしないことです。
これは交渉力の問題だけでなく、契約設計・条文理解・運用整理の問題です。
私は、建設業許可を専門とする行政書士として、設備系(機械器具設置、電気、管、とび土工等)の許可維持・実務運用・契約構造を前提に、「揉めにくく、リスクを回避できる形」を作る支援をしています。
法律論として正しいかも重要ですが、現場とお金が守れるかを大事にしています。
7. 5万円を渋って、将来の無償対応を受け入れていないか
契約書のレビューや見積・契約書の作成方法の整理は、どうしても「後回し」にされがちです。
しかし、契約不適合責任は忘れた頃に、重くのしかかる。
- 契約書レビュー:数万円
- 無償対応の積み重ね:数十万〜数百万
この差に気づいたときには、すでに取り返しがつかないケースもあります。
まとめ:設備業者にとって「一番忘れられがちだけど、発現したら倒産しかねない」重大なリスク
- 設備工事は、契約不適合責任を負う可能性のある範囲が広く・期間も長い
- 一次下請けは、責任を押し付けられやすい立場
- 契約書で境界を引いていないと、施工責任が際限なく膨らむ
- 問題は「発生頻度」より「一発の重さ」
次回(第4回)は、法令に違反した契約内容を見抜けず損失を負担してしまうリスクを扱います。「契約に書いてあるから仕方ない」「名の通った会社の書面だから大丈夫」そう思っていつもどおり承諾した内容が、実は負わずに済んだ損失だったかもしれないことを解説します。
投稿者プロフィール

- (株)MTM / MTM行政書士事務所 代表
- 自動車グループ系総合商社を親会社とする機械商社(建設業許可保有)でのリスク管理・法令遵守体制構築の経験を活かし、行政書士として建設業許可の手続から関連法令対応のご相談、契約書の作成・審査、経審対策まで対応しています。









