スライド条項がない契約で、利益が削られていく構造

「誰も悪くないのに、なぜうちが赤字?」(約500字)
ここ数年、
- 鋼材・銅・電線・燃料の価格高騰
- メーカーの一方的な値上げ通知
- 納期の長期化・分納指定
こうした事態は、もはや「特殊なケース」ではありません。現場ではよく、こんな声を聞きます。
「世の中の流れだから仕方ない」
「発注者も大変だし、今回はウチで吸収するしかない」
しかし、契約の世界では「みんな大変」は理由になりません。
資材が上がった。納期が延びた。工程が当初計画どおりにならなかった。それでも、
「請負代金は当初契約どおり」
と言われる・・・この構造そのものに問題があります。この記事では、
- なぜ資材高騰が「受注者だけの負担」になりがちなのか
- スライド条項が“使われない理由”
- 民間工事で最低限押さえておくべき考え方
を、契約実務の視点から整理します。
典型事例|資材価格は上がった。でも契約はそのまま
設備工事を手がけるM社。従業員約30名、民間工場案件が中心です。
某工場の更新工事で、見積提出から契約締結まで約4か月かかりました。その間に、
- 制御盤機器が約15%値上げ
- 電線類が相次いで価格改定
- 一部資材は納期が倍以上に延長
着工直前、M社は元請に相談します。
「このままだと原価が合わないので、再協議できませんか?」
返答はシンプルでした。
「契約金額はもう決まっていますよね」
契約書には、
- 価格変動に関する条文なし
- 協議条項も抽象的
- 納期遅延時の費用負担も未整理
結果として、
- 材料費増加分は自社吸収
- 工期調整による間接費増も自社負担
- 利益はほぼ消失
誰かが約束を破ったわけではありません。最初から「価格変動を契約金額に反映させる明確な仕組み」が契約に無かっただけです。
解説①|資材高騰は「想定外」ではなく今や「想定すべき前提」
重要な前提を一つ整理します。資材価格の変動は、基本的に不可抗力ではありません。公共工事では、
- 単品スライド
- インフレスライド
といった制度が整備され、価格変動時の調整ルートがある程度ルール化されています。
一方、民間工事では、
「契約に書いていないものに関して、発注者側は基本的に動かない」
これが現実です。つまり、
- スライド条項がない
- 変更協議の明確な方法が記載されてない
この2点が欠けていると、価格高騰に関する議論は“交渉以前にスタート地点に立つことすら難しい”状態になります。よくある誤解は、
「言えば分かってくれるだろう」
という期待です。
契約の世界では、“分かってくれるかどうか”と“応じる義務があるか”は別問題です。
解説②|ひな形のスライド条項が「使えない」理由
「一応、価格変動については書いてあります」
そう言って見せられる条文が、次のような内容のことがあります。
「資材価格に著しい変動が生じた場合は、発注者・受注者協議の上、請負代金を変更できるものとする。」
一見よさそうですが、実務では頼りないケースも多い条文です。理由は3つあります。
① 何が「著しい変動」か分からない
何%?どの資材?いつ時点?判断基準がなく、協議以前の段階で止まります。
② 証拠資料が想定されていない
メーカー改定通知?仕入見積?市況資料?根拠が明確化されていないと「感覚」の話になります。
③ 工期・間接費との関係が未整理
価格だけでなく、納期遅延・工程変更によるコストが抜け落ちがちです。
結果として、
「条文はあるが、使い物にならない」
形だけのスライド条項になります。
解説③|民間工事で最低限押さえる「考え方」
民間工事で重要なのは、完璧な制度ではなく “機能する最低限” です。
ポイントは3つ。
① 「値上げする権利」ではなく「協議の入口」を作るという意識
スライド条項の本質は、自動的に金額が変わることではありません。
- 協議を申し出る権利
- 協議に入るルート
まずはこれを契約に組み込むことが重要です。
② 対象を絞る(全部守ろうとしない)
すべての資材を対象にしようとすると、条文が長文化や複雑化しやすく、実際の運用ができなくなります。まずは、
- 変動が激しい資材(銅、燃料系)
- 工事原価に占める割合が大きいもの
に限定する方が、現実的です。
③ 工期と費用をセットで考える
資材高騰が工期にも影響を及ぼすケースがありあす。契約上、
- 工期変更
- 間接費増加
これらを別問題にしていると、結局どこかで受注者が被る構造になります。「×工事日数」と見積時の明細で工期が長くなった場合に協議対象となりうることがわかるようにしておきましょう。
まとめ|資材高騰で減るのは「利益」だけではない
資材高騰が続く中で、
- 契約を見直さない
- 条文を整備しない
この状態を放置して利益が減るのはひとつの工事だけではありません。
- 原価管理が崩れる
- 安全を見て価格を多めに見積してしまい結果、失注する
- 「この金額でやり切れるか?」と受注に迷いが生じる
結果として、会社全体の経営判断に悪影響をあたえます。スライド条項は、攻めの道具ではありません。「想定外に耐えるための、最低限の安全装置」です。
投稿者プロフィール

- (株)MTM / MTM行政書士事務所 代表
- 自動車グループ系総合商社を親会社とする機械商社(建設業許可保有)でのリスク管理・法令遵守体制構築の経験を活かし、行政書士として建設業許可の手続から関連法令対応のご相談、契約書の作成・審査、経審対策まで対応しています。







