「そこまで頼んだ覚えはありません」

「そこまでやってくれてるとは思っていませんでした。」

工事の終盤、元請担当者からさも当然のように言われた一言が、すべてのトラブルの始まりでした・・・

機械器具設置工事、電気工事、管工事。これらの工事に共通するのは、“工事の責任範囲の境界線が極めて曖昧になりやすい” という点です。

  • どこまでが据付で
  • どこからが調整で
  • どこからが運用支援なのか

現場では「常識」や「流れ」で処理されがちですが、契約書の世界では、“書いていないことは存在しない” のが原則です。

この記事では、「追加工事が結果的に無償でやらされてしまう構造」が、どこで、どうやって生まれるのかを、実務の視点から解説します。


事例紹介|「全部つながっているから、いっそのこと全部やって」

機械器具設置工事を主力とするC社。工作機械の据付・配線・試運転までを一括で請け負う、いわゆる“ワンストップで現場対応力の高い会社”です。

ある工場ライン更新工事で、C社は元請から次の内容で受注しました。

  • 工作機械の搬入
  • 据付
  • 一次的な調整

契約書(というより注文書)には、工事内容としてシンプルにこう書かれていました。

「工作機械据付工事一式」

工事が進むにつれ、現場から次々に依頼が飛んできます。

  • 制御盤側の微調整
  • 既設設備との干渉回避
  • 稼働前立ち会い
  • 現場説明用の資料作成

C社は現場を止めないため、その都度対応しました。ところが、請求段階で元請からこう言われます。

「それって全部、据付工事の中ですよね?」「追加工事ってほどじゃないと思いますけど…」

結果、これらの業務はほとんど追加作業として認められず、金額としてはほぼゼロ円
C社が無償対応した工数は、集計してみたら延べ200時間以上に達していました。


法的・実務的解説|「なぜ追加工事として認められないのか」

このトラブルの本質は、“工事範囲の定義が存在しない契約” にあります。

「一式」という言葉の危険性

「○○工事一式」この表現、非常によく使われます。そして、私が法務担当をしていた頃に契約書や注文書で見る一番嫌いな言葉でした。

法務の視点では、この表現はほぼ“白紙委任”に近い表現です。白紙委任と言えば聞こえがいいですがようするに「なんでもかんでもやらされる」ということです。

  • 何をやれば完成なのか
  • どこまでが義務なのか
  • どこからが善意対応なのか

これがはっきり明確化されていません。法務の現場では、「一式」という言葉を見ると、必ず赤を入れます。なぜなら、

曖昧な契約は、必ず“立場の弱い側”に不利に作用する

からです。

境界線が曖昧になりやすい工事の特徴

特に以下の工事は注意が必要です。

① 機械器具設置工事

  • 据付
  • 調整
  • 試運転
  • 操作説明

これらが連続して行われるため、「どこまでが契約(責任)範囲か」が曖昧になります。

② 電気工事

  • 動力配線
  • 制御配線
  • デバッグ対応

設計変更が入りやすく、「最初から想定されていた」と言われやすい。

③ 管工事

  • 接続状態の調整
  • 水量・圧力の最適化
  • 既設配管とのすり合わせ

現場で初めて判明してから実施するなどの対応が多く、“ついで作業”が積み重なる構造があります。

なぜ「口約束」は通用しないのか

現場ではよく聞きます。

「あとで精算するって言ってました」

しかし契約書に、

  • 追加工事の定義
  • 承認フロー
  • 金額決定方法

が書かれていない場合、法的には“合意が成立していない” と扱われます。つまり、

やった側が、勝手にやった

という評価になりかねないのです。


解決策・予防策|「線を引く」ための現実的手法

重要なのは、すべてを契約書に詰め込むことではありません。最低限のポイントは、「境界線」を意識させることです。

① 工事範囲の“外側”を先に決める(発想の転換)

例:

  • 本工事には含まれない作業
  • 別途見積が必要な作業

これを先に列挙しておくだけで、追加工事として主張しやすくなります。

② 追加工事は「やる前」に予防線を引く

現場での対応ルールを、最低限こう決めます。

  • 指示は書面(メール可)
  • 金額は概算でも提示
  • 承認がないものは応急対応のみ

これだけで、無償対応の連鎖は止められます。


③ 図面・仕様書を「契約の一部」にする

口頭説明や現場メモではなく、

  • 図面番号
  • 改訂履歴
  • 適用範囲

を契約書上で特定することが重要です。

Success

近年はそれなりの規模の会社の管理部門はコンプライアンスに関して異常なほど気を使っています。現場レベルで無理な要求がある場合は、管理部門間でコミュニケーションを取り現場で追加作業が発生した場合にどのような対応とするのかを決めてあげるというやり方もあります。(発注者側の管理部門から「なんで(現場担当に言われるまま)追加工事対応しちゃったんですか!」と怒られることもありました)


まとめ|「善意が損失になる前に」

契約(責任)範囲のトラブルの本当の怖さは、誰も悪意を持っていないことです。

  • 元請は「当然だと思っている」
  • 現場は「今さら止められない」
  • 協力会社は「関係を壊したくない」

この結果、黙って負担を背負う会社が生まれます。しかしそれは、

  • 利益を削り
  • 社員を疲弊させ
  • 次の仕事の余力を奪う

静かな経営リスクです。もし御社で、

  • 「一式」で受けている工事が多い
  • 追加工事精算がうまくいかない
  • 現場担当が疲弊している

こうした兆候があれば、契約書や現場での“契約(責任)範囲のとり決め方”を見直す時期です。

次回は、とび・土工・コンクリート工事における第三者損害をテーマに、「事故が起きた瞬間、契約書はどう機能するのか」を解説します。

投稿者プロフィール

古井 竜文(たつのり)
古井 竜文(たつのり)(株)MTM / MTM行政書士事務所 代表
自動車グループ系総合商社を親会社とする機械商社(建設業許可保有)でのリスク管理・法令遵守体制構築の経験を活かし、行政書士として建設業許可の手続から関連法令対応のご相談、契約書の作成・審査、経審対策まで対応しています。