「いつもの注文書でやってますから、大丈夫ですよ。」

機械器具設置工事や電気工事、管工事の案件で営業担当からこの言葉を何度聞いたかわかりません。
確かに、長年の取引先。顔も名前も知っている。今さら分厚い契約書なんて不要・・・そう思う気持ちも理解できます。

しかし、その“いつもの注文書”が、ある日突然、御社の会社存続を脅かす凶器になるとしたらどうでしょうか。

私は以前、工作機械商社の法務部門で、数多くの建設工事にかんする契約書を審査してきました。
その中で数件ではありますが、「契約書を軽く見ていた協力会社が、ある1件のトラブルをきっかけに資金繰りに窮していく姿」を見ることがありました。倒産にまで至らなくても、

  • 数千万円単位の損害賠償請求
  • 工事代金の一方的な減額
  • 工事の施行不良を巡る泥沼訴訟

こうした事態に巻き込まれる会社は、決して珍しくありません。この記事では、「よくある注文書」がなぜこれほど危険なのか、実際に起きた(起こり得る)事例をもとに、その構造を解き明かしていきます。


事例紹介(実話をもとにした架空事例)

ある中堅の設備工事会社A社。従業員30名ほどで、機械器具設置工事を主力としています。

取引先は長年付き合いのある元請企業。工事はいつも「発注書兼注文書」1枚。内容は、

  • 工事件名
  • 工期
  • 工事金額
  • 「詳細は協議の上決定」

という極めてシンプルなものでした。ある大型案件で、A社はライン設備の据付工事を請け負いました。工事自体は順調に進んでいましたが、試運転段階で発注者からこう告げられます。

「この部分、動作が仕様と違うように見える。全部やり直してほしい。」

A社としては、

「それは設計変更にあたる」「当初の仕様ではそこまでは求められていない」

と主張しました。しかし、元請側は強気です。

「相違があるのは受注者の責任ですよね。契約書にも“完全な成果物の引渡義務”って書いてありますし。」

結果どうなったか。

  • 是正工事は無償
  • 工期延長による人件費・外注費はすべてA社負担
  • それでも納期に間に合わなければ、遅延損害金請求

最終的にA社が被った損害は、数千万円。この1件で資金繰りが悪化し、翌年には主要銀行からの追加融資を断られました。原因は何だったのか。それは、「いつもの注文書」に“何も書かれていなかった”ことです。


法的なことをふまえた実務的解説

このトラブルの核心は、契約不適合責任(むかしは「瑕疵担保責任」といわれていたもの)です。民法改正により、「瑕疵」という曖昧な概念から、「契約の内容に適合しているか否か」という判断に変わりました。問題はここです。

「契約の内容」って、何を指しますか?

A社のケースでは、

  • 詳細な仕様書がない
  • 図面も契約書に添付されていない
  • 工事範囲の明確な線引きがない

つまり、「何をもって完成とするのか」が契約上、定義されていなかったのです。こうなるとどうなるか。

  • 発注者が「期待していた性能」を基準に語る
  • 受注者は「そこまでは聞いていない」と反論する
  • しかし、裁判や交渉では契約書に書いていない方が不利になりがち

法務担当の目線では、この状態の注文書を見ると「完全に受注者リスクだな」と判断します。そして重要なのは、
元請側はそれを“わかっていて”その契約を出しているいやらしいケースも少なくない、という現実です。

すべてのケースで悪意があるとは限りません。しかし、

  • リスクは下に流す
  • 曖昧な部分は協力会社任せ

という商流の構造が、契約書にもそのまま表れているのです。


解決策・予防策

では、どうすればよかったのか。

ポイントは3つです。

① 契約不適合の判断基準を「具体化」する

  • 性能要件
  • 検査方法
  • 試運転の合否基準

これらを書面で明文化するだけで、リスクは大きく下がります。

② 設計変更・追加工事の扱いを明記する

  • どこからが追加工事なのか
  • 誰の指示で、どう承認されるのか
  • 代金・工期はどうなるのか

これを決めないまま工事に入るのは、ブレーキのない車で高速道路を走るようなものです。

③ 注文書1枚で済ませない

実務上、契約というと「基本契約書+注文書・注文請書(個別契約)」「基本契約書+双方押印の個別契約」「双方押印の個別契約」の3パターンの形態が多いかと思います。おすすめは

  • 基本契約で最低限の“守り”を固め
  • 注文書で“案件固有の取り決め”を可能な限り定義する

ことです。この発想がないと、いつまで経っても元請有利な構造から抜け出せません。


まとめ:現状維持は危険かも

契約書の怖さは、「何か起きるまで、何も起きていないように見える」点にあります。

普段は問題ありません。何もなければ工事も進むし、入金もされる。しかし、一度歯車が狂った瞬間、

  • 契約書は武器になる
  • けれど、その武器を持っているのは相手だけだった

という状況に陥ります。もし、御社が今も、

  • 薄っぺらい注文書1枚で工事をしている
  • 契約書は取引先から渡されるものだと思っている
  • 内容は「だいたいいつも同じ」なので読んでいない

こうした状態であれば、一度、立ち止まって自社の契約書を点検すべきタイミングです。

このシリーズでは、次回以降、「具体的にどの条項が危険なのか」を一つずつ解説していきます。

まずは、「この契約書、本当に自社を守る内容になっているか?」その疑問を常に持っていただくことが会社を守る法務の第一歩です。

投稿者プロフィール

古井 竜文(たつのり)
古井 竜文(たつのり)(株)MTM / MTM行政書士事務所 代表
自動車グループ系総合商社を親会社とする機械商社(建設業許可保有)でのリスク管理・法令遵守体制構築の経験を活かし、行政書士として建設業許可の手続から関連法令対応のご相談、契約書の作成・審査、経審対策まで対応しています。